東京地方裁判所 平成4年(ワ)19864号 判決 1993年10月18日
原告
破産者学校法人森学園破産管財人
飯原一乗
被告
株式会社コスモユニオン
右代表者代表取締役
丸山武宏
右訴訟代理人弁護士
佐々木敏雄
被告
株式会社寺澤範保
右代表者代表取締役
寺澤範保
右訴訟代理人弁護士
秋山彰三
同
庄司道弘
同
仁平正夫
主文
一 被告株式会社コスモユニオンは原告に対し、金四一六九万円及びこれに対する平成四年一二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告株式会社寺澤範保は原告に対し、金七二〇一万円及び内金三〇三二万円に対する平成四年一一月二一日から、内金四一六九万円に対する平成五年七月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
主文と同旨
第二事案の概要
本件は、破産者学校法人森学園の破産管財人である原告が、破産者の所有する別紙物件目録記載のビル(以下「本件ビル」という)の一部(以下「本件賃貸物件」という)を賃借している被告株式会社コスモユニオン(以下「被告コスモ」という)及びこれを転借している被告株式会社寺澤範保(以下「被告寺澤」という)に対し、未払賃料を求めた事案である。
一争いのない事実
1 破産者学校法人森学園は、平成三年一〇月九日東京地方裁判所において破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任された。
2 破産者は、昭六三年一〇月二一日、その所有にかかる本件賃貸物件を、期間を同日から三か年(昭和六六年一〇月二一日まで)、賃料を月額三六七万円毎月末翌月払の約定で被告コスモに賃貸した。破産者と被告コスモは、平成二年一月二二日、右賃貸借契約の期間を同日から三年間とし、賃料月額を同年二月分から三七九万円と変更する旨合意した。
3 被告コスモは、平成元年七月、本件賃貸物件のうち一階部分を、賃料月額三七九万円で被告寺澤に転貸し、被告寺澤は、右部分でパチンコ店を営んでいる。
4 被告コスモは、平成三年二月分から同年一二月分までの賃料合計四一六九万円を、被告寺澤は、平成四年二月分から平成五年八月分までの賃料合計七二〇一万円を支払わない。
二争点
(被告らの抗弁)
1 破産者と被告コスモとの平成二年一月二二日における賃料改定に際し、破産者において本件ビルの競売を受け、あるいは不渡処分を受けるなどし、被告コスモが本件賃貸借契約に際して差し入れた保証金二億円(以下「本件保証金」という)の返還が困難な事態が発生したときは、被告コスモは、本件保証金返還請求債権と賃料債務とを相殺することができる旨の合意をし、右合意に基づいて相殺をしているから、賃料額が二億円に達するまでその支払義務はない。
2 仮に、破産者と被告コスモとの間の賃料債務と本件保証金返還請求権との相殺が否認の対象になるとしても、破産法一〇三条一項は、賃貸借関係が賃貸人に対する破産宣告後においても継続する場合において破産宣告後に発生した賃料債務につき一定の範囲に限って相殺を認め、破産宣告の時における当期及び次期の借賃につき敷金のあるときはその額の限度でその後の借賃につき特に相殺を認めている。したがって、被告コスモは、二億円の限度で本件賃料債務を相殺できるから、その旨の意思表示をする。
(原告の主張)
1 被告らは、破産者に対し二億円の本件保証金を差し入れたと主張するが、破産者には右入金の痕跡を認め得る帳簿がなく、その債権届もなされていないので、果たして真実入金されたものかどうか確定しがたい。
2 仮に、被告らの破産者に対する本件保証金の入金があったとしても、受働債権である本件賃料債務は、その後に発生するものであるから、相殺の約束というのは相殺の予約であると思われる。この点はしばらく措くとしても、本件賃料債務は、破産財団である本件賃貸物件に対して負担したものであるから、破産宣告の日である平成三年一〇月九日以後に発生した賃料債務については、相殺はできない。
3 破産宣告以前に発生した賃料債務については、本件相殺予約が破産者の支払停止前三〇日以内になされた義務なき行為であるから、破産法七二条四号によって否認する(破産宣告以後に発生した賃料債務について、2の主張が認められないときも、予備的に否認権を行使する)。
4 被告らの、破産法一〇三条一項後段による相殺の主張についても、本件保証金は、月額賃料の54.5か月分に相当するものであって、敷金性を有しない。
第三争点に対する判断
一被告コスモから原告に対する本件保証金入金の有無
<書証番号略>(振込金受取書、成立に争いがない)によれば、被告コスモは、昭和六三年一〇月二一日、破産者に対し二億円を振込支払していることが認められる。右事実を動かすに足りる証拠はない。
二本件相殺予約は破産法七二条四号による否認権行使の対象となるか
本件相殺予約は、平成二年一月二二日になされているところ、破産者の代表理事である森喬伸はその二日後の同月二四日に二回目の手形不渡りを出し、同月二六日に銀行取引停止処分を受けており、また、破産者も同年二月一日に不渡りを出して支払停止に陥ったのであり、また、破産者と被告コスモは、本件賃貸物件の賃貸借期間がまだ一年以上残存している時期に当初の契約にはない本件相殺予約をしたものである(以上の事実のうち、森喬伸が平成二年一月二六日に銀行取引停止処分を受けたことについては<書証番号略>、その余は被告らにおいて明らかに争わないからこれを自白したものとみなす)。破産法七二条四号は、破産者が支払の停止もしくは破産の申立てがあった前三〇日以内にした担保の供与または債務の消滅に関する行為で、破産者の義務に属しないものについては、破産財団のため否認することができる旨規定しているところ、前記事実によれば、本件相殺予約が破産者の支払停止前三〇日以内になされた義務なき行為であることは明らかである。そして、被告らは、本件相殺予約当時、他の破産債権者を害すべき事実を知らなかったことについて、何ら主張立証しないから、原告は、破産財団のため、本件相殺予約を否認することができるというべきである(破産宣告後に生じた賃料債権については、破産法一〇四条一号により相殺が禁止されている)。
三破産法一〇三条の適用の可否
破産法一〇三条一項は、破産債権者が賃借人であるときは、破産宣告の時における当期及び次期の借賃について相殺することができ、敷金のあるときは、その後の借賃についても同様である旨規定する。同条にいう敷金とは、賃借人が賃料その他の債務を担保するため、契約成立の際にあらかじめ賃貸人に交付され、賃貸借契約が終了する場合には、賃借人に債務の未払がない限り返還されるべき金銭である。ところで、前記のとおり、本件保証金は、昭和六二年一〇月二一日に本件賃貸借契約が締結された際、同日被告コスモから破産者に支払われているところ、本件賃貸借契約における本件賃借部分の賃料は一か月三六七万円であり、本件保証金の額は、右月額賃料の実に54.5倍に相当するものであり、単に敷金として賃借人の賃料不払を担保する目的で交付されたものとしては異常に高額であって、その実質は破産者に対する貸金であるといわざるを得ず、これについて本件保証金相当額に満つるまで相殺権の行使を認めるときは、他の破産債権者との関係で著しく不公平な結果を招来するというべきであるから、本件保証金は、破産法一〇三条所定の「敷金」に該当しないというべきである。
四結論
よって、被告らの抗弁は理由がなく、原告の請求は理由がある。
(裁判官田中俊次)
別紙物件目録<省略>